逗子亀ヶ岡神社

逗子市役所隣の亀ヶ岡八幡宮は公園代わりに使われたり、例大祭を始め各種イベント会場に使われたりと最も市民に親しまれている場所のひとつです。以下にその成り立ちを亀岡八幡宮縁起書から照会させて頂きます。
勧請の年月は明らかではありませんが、「新編相模風土記稿」によれば「八幡宮、村の鎮守なり、延命寺持」とあります。古老の言によると、昔は真言宗延命寺が別当として管理し、御神体は常に延命寺に安置され、大祭にはこれを捧持し、行列を連ねて社殿に遷し祭儀を執行するのが例であったと伝えられています。明治維新の神仏分離令により延命寺の管理から離れ、明治6年12月に、社格村社に列せられ、正式に逗子の鎮守と定められました。昔は単に「八幡宮」と称されており、昭和28年10月に、宗教法人亀岡八幡神社として神社本庁に登録されましたが、現在でも古くからの慣習で、「亀岡八幡宮」と呼称されています。 亀岡の称は、神社境内が、地籍では「高畠」という小字のとおり、なだらかな岡で、亀の背中のようであったことから、鎌倉の「鶴岡八幡宮」に対し、「亀岡八幡宮」と名付けられたものであります。現社殿は、当時の村民が3年間の貯蓄をなし、総工費2万円で大正8年4月17日落成したもので、その後大正12年9月1日の関東大震災に遭い、倒壊を免れた建物に修復を加えて今日に至っています。 境内はもと官有地で、1118坪ありましたが、県道改修のため121坪が道路敷とされ、さらに逗子警察署建設用地(現在は市役所)として247坪を接収され、残りの750坪が昭和26年5月9日神社境内地に編入されております。いずれにしても将来にわたり氏子だけでなく市民生活の大切な思い出と共に生き続けることと思われます。

最終更新日:2012年12月10日

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